勝新太郎の生涯!“借金14億円騒動”や倒産、大麻使用や逮捕!玉緒との馴れ初め【シンソウ坂上】

2月13日22時より放送されるフジテレビ『直撃!シンソウ坂上』では、

豪放磊落(らいらく)な人柄で知られる不世出の名俳優・勝新太郎さん妻・中村玉緒さんを特集しています!

そこで、この記事では勝新太郎さんのプロフィールや経歴、生い立ちをはじめ

玉緒さんとの馴れ初めや出会い

14億円の借金や大麻による逮捕、晩年のガンについても調べていきます!

それでは、見ていきましょう!

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勝新太郎(かつしんたろう)さんのプロフィール!

https://www.dailyshincho.jp/

本名   奥村利夫(おくむら としお)

生年月日 1931年11月29日

没年月日 1997年6月21日(65歳)

出身地  東京市深川区(現・東京都江東区)

身長   170㎝

血液型  O型

職業   俳優、歌手、脚本家、

映画監督、映画プロデューサー、

三味線師範

歌舞伎役者の市川雷蔵さんと共に

大映(現・角川映画)の二枚看板として活躍された勝新太郎さん。

勝さんは勝新(かつしん)という愛称で親しまれ、

豪放磊落なイメージと愛嬌のある人柄で、

不祥事を起こしながらも多くのファンから愛された人物です。

2014年には映画関係者や文化人を対象にした

キネマ旬報のアンケートで好きな日本映画男優第4位にも選ばれています!

少し破天荒な部分もありながら、

ファンから愛される方だったようです!!

その一面、勝慎太郎さんとご結婚された中村玉緒さんは

かなりの苦労をされたようです。

それでは、勝さんのおいたちを見ていきましょう!

勝新太郎さんのおいたちや経歴は?

勝新太郎さんは長唄三味線奏者の杵屋勝東治(きねやかつとうじ)さんと

妻の八重子さんの次男としてお生まれになりました。

ちなにみ、勝さんの2歳年上のお兄さんは

俳優や歌手、ドラマ監督としてご活躍された若山富三郎(わかやま とみさぶろう)さんです。

また、俳優の宇津井健さんとは幼馴染でした!

勝さんのご家族は芸能界で活躍されている方が多く、華やかですね!!

その後、勝新太郎さんは旧制法政中学校(現在の法政大学中等高等学校)を中退後、

長唄三味線奏者として活躍し、

2代目杵屋勝丸を襲名しています。

勝さんは10代の頃から長唄三味線の師匠として、

芸者に稽古をつける腕前だったようです!

父譲りの才能の持ち主だったようですね!

その後、勝さんは1954年にアメリカに巡業すると、

撮影所で紹介されたジェームズ・ティーンに感化され

映画俳優になることを決意されました!

そして、23歳の時に大映京都撮影所と契約を結び、

1954年に『花の白虎隊』でデビュー!

大映社長の永田雅一さんの気に入られ

主要な役柄を与えられるも一向に人気がでず、

勝さんを主演にした映画やドラマに批判が募るなか

1960年の『不知火検校』で野心的な悪僧を演じたことにより、それまでの評価を一新し一躍ブレイクを果たしました!!

ちなみに、この作品で玉緒さんと出会ったようです!

妻・玉緒さんとの出会いや馴れ初めは?

https://archives.bs-asahi.co.jp/

1961年に二代目中村鴈治郎(なかむらがんじろう)さんの長女

大映に在籍していた女優の中村玉緒さんと婚約された勝さん。

玉緒さんとは『不知火検校』や、

一匹狼のやくざ・朝吉役で主演した『悪名』

共演されたことが結婚の決め手だったようです。

『悪名』は初のヒット作品となり後にシリーズ化もされています!

当時の玉緒さんは人間国宝の父と兄を持つ歌舞伎界の名門・成駒屋のお嬢様

「玉緒なんて呼び捨てにできる人じゃなかったからね」

勝さんが思う程の人物です!!

そんな玉緒さんにアプローチをし

見事射止めると、1962年3月5日に結婚!

勝さんは続く、『座頭市物語』や『兵隊やくざ』で不動の人気を獲得しています!

ちなみに、こちらが座頭市です!

ご興味がある方は是非、見てみてくださいね!

さらに、1963年には一躍大映の大黒柱の一人となり、

1969年7月17日に雷蔵さんが亡くなられるまで

大映の2枚看板「カツライスと称され、その屋台骨を支えています。

特に座頭市シリーズははアジア各地でも上映され、勝の代表作となりました!

ここまで、見ると

三味線奏者から見事人気俳優にまで上り詰め

人間国宝の父に持つ玉緒さんと結婚するなど

誰もが羨む人物ですが、

その後、人生を転落させるある出来事が起こってしまいます。

勝プロダクションの設立と14億円の借金!

玉緒さんとの結婚後、出演作を立て続けにヒットさせた勝さんは、

自分で好きな映画を作りたいという思いから

35歳で映画制作会社「勝プロダクション」を設立されています。

ですが、映画作りへのこだわりから制作費を使いすぎたことや

勝さんが毎晩のように夜の街で豪遊したことで多額の借金を抱え倒産。

当時製作していたテレビドラマ『警視‐K』(日本テレビ系)の予算がオーバーし、

作品自体も不振で途中打ち切りになっていたようです。

この倒産により12億の借金を抱えてしまう勝さん。

この出来事が波乱をうみ出すこととなりました。

大麻事件!長女や長男も逮捕!?

https://twitter.com/

勝新太郎さんが設立した「勝プロダクション」倒産後、

玉緒さんは借金返済のため、新会社「勝プロモーション」を設立し社長に就任されました。

ですが、翌年1982年に長女(元女優・奥村真粧美さん)と長男(奥村雄大、後の鴈龍さん)大麻密売で逮捕!

さらに、長男の雄大さんは2年後にも大麻取締法違反で逮捕されています。

娘さんと息子さんが相次いで逮捕されてしまう訳ですから、相当つらい時期を過ごされたようですね。

その後、勝さんも1990年1月にホノルル国際空港で

下着にマリファナとコカインを入れていたとして現行犯逮捕されています。

YouTubeで当時の映像を見つけることができました!

この逮捕では、誰から薬物を受け取ったかについて最後まで口を割ることはなく

帰国した翌年に日本でも麻薬の所持で逮捕され、

懲役2年6か月執行猶予4年の有罪判決を受けました。

ガンの発覚と晩年

そんな怒涛の人生を送るなかで、勝さんは1996年に下咽頭癌を発病

咽頭ガンは口や舌、食道に関わるガンです。

ですが、勝さんは手術はせずに抗がん剤治療と放射線治療を行っていました。

そんな中、破天荒な性格から入院中も外出を繰り返り、

寿司や酒を楽しみ、タバコも吸っていたようです。

その後、約1年の闘病生活を経て

1997年6月21日の午前5時54分に入院先の千葉柏市国立がんセンターで亡くなられています。

勝さんの人生は波乱万丈そのものでしたね。

ご冥福をお祈りいたします。

まとめ

今回は勝慎太郎さんの生涯についてまとめてみましたが

いかがだったでしょうか?

勝さんの生き方は自分の信念を貫いていて素敵でした。

その反面、玉緒さんはかなり苦労されていそうです!

それでも、勝さんの残した栄光は今でも強く根付き、人気を博し続けています。

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