アントニオ猪木の壮絶な幼少期!父の死や実家の倒産、ブラジル移住まで【あいつ今何してるの?】

11月27日19時より放送される『あいつ今何してるの?』では、アントニオ猪木さんが登場!

アントニオ猪木さんは、想像できないほど壮絶な幼少期を過ごしたようです。

家庭の経済状況の悪化から、一攫千金を夢見たブラジル移住を果たすも

待ち受けていたのはコーヒー農園で朝から晩まで重労働するという過酷な日々

この記事では過酷な生活を送ったアントニオ猪木さんの半生に迫ります!

アントニオ猪木さんの壮絶な幼少期から現在に至るまでを詳しくまとめていくので、

ご興味のある方は見てみてくださいね!

前回の記事では、アントニオ猪木さんの経歴を中心に

貧困生活から抜け出したプロレス時代輝かし政治家への転身

猪木さんをプロレス界に導いた恩人の存在や4度の離婚についてまとめているので

よろしければそちらも参考にしてしみてください!

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アントニオ猪木さんのプロフィール!

https://atuiomoi.net/

本名 猪木 寛至(いのき かんじ)

ムスリム名 モハメッド・フセイン・イノキ

生年月日 1943年2月20日

血液型 AB型

出身地 神奈川県横浜市鶴見区

出身校 横浜市立寺尾中学校

アントニオ猪木さんは様々な経歴の持ち主です!

プロレスラーや実業家、政治家としても活躍しています!

猪木さんはプロデューサーデビューを果たしたのち、東京プロレス、新日本プロレスを設立といった日本のプロレス界を牽引したほどの人物です

このような、プロレスラー、実業家、政治家としても活躍した

輝かし経歴をもつ猪木さんの過ごした幼少期とは

どんなものだったのでしょうか?

アントニオ猪木さんの壮絶な幼少期とは?

アントニオ猪木さんはプロフィールでもご紹介したように

神奈川県横浜市鶴見区生麦町(現在の鶴見区岸谷)の出身です!

猪木さんの実家は石炭問屋を営んでいましたが、

父である猪木佐次郎さんは猪木さんが5歳の時に亡くなられ、

ご実家の会社も、第二次世界大戦をきっかけに世界のエネルギーが石油に変わったことから倒産しています。

時代には抗えないようです。

当時の猪木さんは横浜市立寺尾中学校に入学するも、生活が厳しく

13歳の時に貧しさから抜け出すべく

祖父と母、そして兄弟とともにブラジルに渡っています!

当時は現在のような情報社会ではなかったので、

海外の状況はなかなか掴めません。

ですが、広大な土地を持つ海外へ行くと豊かになれるという噂から

猪木さん一家も移住を選択したようです。

猪木さんはブラジルのサンパウロで幼少期を過ごすこととなります。

しかし、これが壮絶な人生のはじまりでした。

当時の猪木さんはブラジルへ行くと、

豊かになれると思っていた猪木さんですが、現実は甘くありません。

待ち受けていたのは、コーヒー農場での過酷な労働です。

早朝5時から夕方の5時までコーヒー豆の収穫を中心とした過酷な労働を強いられました。

しかし、この労働がのちの運命を切り開くきっかけとなります!

運命の出会い!

猪木さんはコーヒー農場で働きながら、陸上競技の選手として活躍していました。

現地の大会に出場し、砲丸投げで優勝を飾るほどの実力を持っていた猪木さん!

そんな猪木さんの身体能力をみた力道山さんが

猪木さんをスカウトし日本へ連れて帰ることとなります!

力道山さんはブラジル遠征でたまたまサンパウロを訪れ、猪木さんの体に惚れ込んだようです!

猪木さんは幸運の持ち主のようです!これをきっかけに猪木さんの人生は一変します!

当時を振り返り猪木さん

力道山さんから始めてかけられた言葉は

「おい、裸になれ!」だったと語っています(笑)

猪木さんを上半身の筋肉をみた力道山さんは

プロレスラーとしての才能があると確信したようです!

その後の猪木さんは日本を代表するプロレスラーとして

日本のプロレス界を牽引しました。

まとめ

今回はアントニオ猪木さんの怒涛の人生についてまとめてみましたが、

いかがだったでしょうか?

過酷な労働は猪木さんの人生を切り開くきっかけなりました。

これも猪木さんの頑張りの賜物ですね!

今後の活躍も期待したいですね!

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