【画像あり】戦国武将総選挙!10億人が選んだ武将トップ15~11位【戦国武将総選挙】

12月28日18時56分より放送された『国民10億人がガチ投票!戦国武将総選挙』では,

日本人に愛される武将が決定!!

今回の記事では、人気戦国武将ベスト20をご紹介していきます!

歴史好きな方は必見です!

それでは、見ていきましょう!

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前回の記事では、20位から16位までをご紹介しました!

今回は15位~11位までを発表していきます!

15位 毛利元就

たった一代で中国地方を収め、海賊を従えた武将

https://sengoku-g.net/

毛利元就は地の利と戦略から信長も恐れた人物です!

2万と4千の兵力差のある

厳島の戦いでみごと勝利をおさめ中国地方の大名にまで成りあがりました。

その勝因は海賊を巧みに使った戦法です!

元就は自分の一族と海賊の一族を結婚させており

密かに海賊を仲間にしていました!

そのため、勝機のないと思われていた厳島の戦いで

海賊の力を借り、危機的状況を打破しています。

海賊を利用するなんて、あり得ない方法ですよね!驚きです!

14位 浅井長政

美人三姉妹の父であり、庶民派の武将

https://kotobank.jp/

長政は北近江を収めていた信長とは義理の兄弟です。

長政の娘・茶々は秀吉の妻となっており

戦国の女性の代名詞です。

長政は信長を裏切り、姉川の戦いで亡くなったいますが

その背景には信長が同盟を裏切りなど

信長の度が過ぎた行動を止めなけれといった正義感があったようです。

さらに、長政は庶民目線の武将としても知られており

八合を1升として年貢を納めさせるなど

庶民を大切にしていたと言われています。

浅井長政が自害する際に家臣にあてた手紙には

“籠城してくれて謝しがたい”とあり

忠義の証拠とする文章を残したことにより

家臣たちは次の仕え先が見つけやすいように配慮しています。

義理難く優しい武将だったようですね!その優しさが伝わってきます。

13位 前田慶次

豊臣秀吉にも頭をさげない傾奇者

https://ja.wikipedia.org/

豊臣秀吉にも頭をさげない傾奇者と称される前田慶次は

上杉景勝を直江兼続とともに仕えた人物です!

慶次が傾奇者と称されるようになったのは

天下人である秀吉に

自分の主君以外に頭をさげたくないと顔を横に向けてお辞儀をしたことがきっかけです!

結果的に秀吉に気に入られましたが、

当時からすると切腹を命じられてもおかしくありません。

君主への忠義心が強い武将だったようです!

12位 直江兼続

愛を掲げて戦った武将!

https://ja.wikipedia.org/

秀吉に“家臣にならないか”と誘われたことがあるほどの

キレ者であった兼続は

君主は景勝だけだとこの申し出を断っています!

さらに関ヶ原の合戦で敗れ

領土が4分の1になってからも主君を見捨てない律儀のある人物です。

さらに、愛兜をかぶった武将として注目を集める兼続ですが

愛兜の本当の意味は愛染明王の愛という文字からきています。

愛をつかさどる明王で戦国時代には戦の神として祀られた愛染明王は

目が3つ手が6本の神です。

景勝が愛染明王を信仰し、その化身として戦っていたことから

愛染明王の愛の文字を掲げてたことが所以です!

主君思いの切れ者だった兼続は生涯、上杉家のために忠誠を誓っています。

11位 加藤清正

城づくりの天才!

https://ja.wikipedia.org/

城づくりの天才であり、

秀吉の家臣で素手でトラを倒したとも言われる清正は

熊本城を始めとした様々な城を建築しています!

なかでも、熊本城は西南戦争の本拠地とされるものの

落とすことができなかった強靭な城です!

完璧な防御で反り返った石垣は

上に行けば行くほど角度が厳しくなることから

武士も忍者も登れなかったと言われています!

さらに籠城に強く食べられる城とも呼ばれ

畳の中に食べ物を仕込み、壁はかんぴょう

矢は干しわらび、城の周りに銀杏を植えるなど兵糧を蓄えています。

清正の作った城は戦にも負けない強靭な城だったようですね!

食べれる城といった発想はとてもユニークですね!

まとめ

今回は戦国武将総選挙のトップ15~11位までをご紹介しましたが

いかがだったでしょうか?

次回は10位~をご紹介していきます!

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